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こんにちは! マイスター品質の《藤代工務店》広報チームです!

鎌倉時代から室町時代にかけて、近代日本の住宅建築の基本が成立したと考えられています。平安時代、武家が台頭するまでの間は、支配層(貴族)の住宅は〈寝殿造〉が主流だったのですが、徐々に武士が力を持つようになると、武士の生活様式に合わせた〈書院造〉が生まれ、住宅建築のいわばトレンドが変わります。社会の勢力図が建築様式にまで影響するわけですね。

鎌倉時代になると、家の中を用途に応じて細かく仕切るために、ふすまや障子ができ、畳を敷き詰めるようになり、〈座敷〉つまり現在の和室(畳敷きの部屋)という概念が誕生し、和風建築の基本形が出来てきます。

そんな中、支配層の間で流行っていたのが和歌や連歌、能などの芸能です。当時の先端国家である唐からの輸入品蒐集も流行していたため、蒐集品を見せびらかしつつ芸能を楽しむための宴席が増える中で、茶の湯の文化が生まれます。

そのスタート地点は、やや成金趣味にも感じるような茶の湯の文化が、時の流れの中で洗練されて〈わび茶〉が生まれ、独自の世界観、精神性を取り入れて、芸術の域にまで高められたわけです。

その過程で、茶道の美意識に合わせて誕生した茶室俗世間からはなれ、狭い四畳半で身分の差をなくし、型に従ってお茶を楽しむことで自分と向き合う時間は、やたらと忙しい現代人にとって、今最も必要なのではないかと思います。

権力や文化、時代性によって大きく影響を受ける建築。建築が魅力的な理由の一つは、学ぶと歴史が見えてくることなのかもしれませんね。

こんにちは! マイスター品質の《藤代工務店》広報チームです!

DIYはブームを超え、既に大人の趣味文化として定着している感じですね。大型のホームセンターはまだまだ増えていますし、今ではプロ用のさまざまな規格の建材やネジなどの固着具も揃っていますし、ワークショップも頻繁に開催されています。自作のモノほど愛着も深くなりますし、良い趣味といえるのではないでしょうか。

実は、今回ご紹介する造作キッチンも、実はお客さまのDIYとのコラボレーション。アメリカン・ブラックチェリーを使用した床材に合わせて、大きな存在感を放っているキッチンカウンターは、野球のバットに使われる〈タモ〉材を使用したお客さまの手作りです。

藤代工務店では、耐久性など品質面で問題がなければ、お客さまのご要望によって、内外装ともにお手伝いいただくことも可能です。これぞ本当のワークショップですね。木材の特長に合わせた選択のポイントから、取り扱い方、工具の使い方など、プロのホームビルダーから直々に学べる機会は、かなり貴重だと思います。

お手伝いいただいたとしても、お値引きはございませんので、念のため…(*´ω`*)

こんにちは! マイスター品質の《藤代工務店》広報チームです!

ここ数年、何かと話題のSDGs(持続可能な開発目標)ですが、17の国際的な大きな目標と169の具体的な達成目標から成立しています。お時間のある時にご覧になると面白いです。時代の方向感がよく理解できます。

成長至上主義で競争を続けて多くの国が豊かになった時、地球の限られた資源が枯渇したり変質したり、そもそも地球自体が維持できなくなってきているという皮肉な現状を変えるべく、国連が定めた今から未来への開発目標。ここに時代の空気感があり、住宅建築やひいては人間の思考(指向)も、さまざまに変わってきています。

例えば、この造作洗面所のように、シンプルで上品なデザインを好む方が多くなっていると感じます。ゴテゴテとした贅沢な印象のものよりも、材質もデザインも手入れがしやすく、長く使って飽きのこない、本質的に優れたものを選択する人が増えているということでしょうか。

ボウルは、TOTO製で本来は病院用に作られたもの。大きく深めで、ご家族どなたにとっても使い勝手が良いデザインです。シンプルな中におしゃれなアートタイルがひときわ目立ちますね。こちらはタイルの老舗、名古屋モザイク工業からのチョイスです。

水栓も最近では珍しい、お湯と水で別々のハンドルが用意されたタイプ毎日の生活の中に、自分好みのちょっとしたアイテムがあるだけで、贅沢に楽しく感じられる、そんな感性が求められている気がします。

こんにちは! マイスター品質の《藤代工務店》広報チームです! 

東京上野は不忍池から、徒歩5分の位置にあるのが、旧岩崎邸庭園です。三菱財閥岩崎家の本邸だった建物と庭園を公園として整備。洋館・大広間・ビリヤード室(1896年竣工)が歴史的建造物として国の重要文化財に指定されています。

建築ファンの間で有名なこの洋館は、日本の洋風住宅のモデルともいわれています。一説によると、昭和の時代の庶民の定番だった、ソファー、サイドテーブル、サイドボードの三点セットが揃った洋間のルーツになっているのだとか。

鹿鳴館の建築で有名なジョサイア・コンドルというイギリスの建築家が設計し、日本の大工さんが建設したそうです。洋館には、ジャコビアン様式の装飾が随所に施されているほか、ビクトリアン・ゴシック風やイスラム風のモチーフも採り入れられています。さらに、洋館の南側には、列柱が並ぶコロニアル様式のベランダがあり、さまざまな建築様式がバランスをとりながら混在しています。

当時の日本を代表する資産家をお施主さんにして、はりきって豪華な装飾を施したような印象です。それでも、併設された書院造の和館とのバランスが、世界の住宅史において稀有な建築だと高く評価されているようです。建築に限らず、音楽でもファッションでも、さまざまな要素を一緒に取り入れようとすると、センスが問われるのは同様ですね。

時代とともに流行は変わり、人の価値観も変化していきます。それでも過去の遺産を見て学ぶこと、刺激を得ることには一定の価値があると感じます。また定期的に、歴史建築を訪ねた感想など、アップしてみたいと思います。

こんにちは! マイスター品質の《藤代工務店》広報チームです!

19世紀の終わり頃、ヨーロッパではそれまでの西洋建築とは大きく異る、造形運動が起こりました。〈アール・ヌーボー〉です。アール・ヌーボー建築は、それまでのどんな建築様式にもとらわれず、まず自由であったことが最大の特長です。

具体的な特長としては〈曲線的なデザイン〉〈花や植物などのモチーフ〉〈華美な装飾性〉があげられます。そもそも、19世紀初頭の産業革命に対する反動として、人々は芸術性やオリジナリティーの高いモノを求めるようになり、それまでの様式にはない装飾性をもった、新しい建築が誕生しました。

アール・ヌーボーの代表的な建築としては、アントニオ・ガウディ〈カサ・ミラ〉〈カサ・パトリョ〉があります。波打つ壁面や不揃いな窓は、典型的なアール・ヌーボー建築です。その後、産業革命や科学技術の発達とともに、機能と結びついたデザインを志向する動きなどが起こり、アール・ヌーボーから30年後に、科学技術と芸術の統合を目的にした美術学校〈バウハウス〉が設立されます。

バウハウスは、装飾のない合理的なモダニズム建築を提唱し、その結果、傾斜のない平面状の陸屋根で白い壁の四角い建築が、世界中に広まっていきました。モダニズム建築は、効率の良い合理的な建築なのでしょうが、建築が本来持っていた気候風土から生まれるデザインや建築文化から離れて、建築に個性が求めれられないような時代が長く続いていたような気がします。

時代は令和となり、日々新しいテクノロジーが開発されています。未来のポストモダニズム建築は、持続可能性がキーワードになるのではないかと予想しているのですが、どのような動きが生まれてくるのか、これからもウォッチしていきたいと思います!

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